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2006年4月 1日 (土)

薬園八幡神社

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 所々に極彩色が残り、見事な釣り灯篭が並ぶ社殿は桃山時代(江戸時代初期?)の再建だそうです

 元は塩町の御旅所に薬園荘の鎮守として天平勝宝2年(750)に創祀されました
 延徳3年(1491)、郡山城築造に際して現在地に移されたそうです

祭神;誉田別命、息長足媛命
 (薬園八幡神社略記では、八幡大神と比咩神)

 境内には薬草見本園(約50種類)があります

 本殿は一間社隅木入春日造桧皮葺(宝暦9年の改築・県の文化財です) 

例祭;10月12日

所在地;大和郡山市材木町32 
 ℡、0743-53-1355

交通;近鉄橿原線「近鉄郡山」駅下車 東へ徒歩7分
  又はJR大和路線「郡山」駅下車 西へ徒歩4分
  なし

 隣に薬園寺が有ります


グーグル地図


『薬園八幡神社略記より』
 当社の創建は奈良朝孝謙天皇代の天平勝宝元年であって、千二百五十八年前(平成十九年現在)のいにしえに遡る。『続日本紀』に詳述のとおり、藤原広嗣の乱の平定と聖武天皇の病気平癒の祈願に、さらに大仏造顕に協力する神として、宇佐の八幡大神はあらたかな霊験を現され、その絶対的神威は中央第一の神として朝廷の厚い崇敬をうけるに至った。  七四九年七月孝謙女帝が即位、年号は改まって天平勝宝となったこの年の十一月、大仏完成擁護の神託を奉じた八幡大神は宇佐から都に向われ、天皇は石川朝臣年足、藤原魚名等の重臣を迎神使として遣わされて、十二月平城宮の南、梨原の薬園新宮内に設けた神殿に迎え祀られる。梨原の地はもと広大な薬園のあったところで、新宮の名もこれに因む。そしてここより東大寺へ遷座の際、八幡大神の御分霊をこの新宮内の神殿に留めて奉斎し、由緒ある薬園の地名を冠して命名されたのが、すなわち当社の創始であり、由緒またこれより生まれる。こうして翌二年九月今の御旅所の地清澄荘薬園に遷座され、時移り延徳三年に至って現社地の南薬園に鎮座せられたのである。
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