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2009年6月20日 (土)

世尊寺「比曾寺跡」

Dsc_0061

 聖徳太子が建立した49ヶ寺のうちのひとつとされています

 (曹洞宗) 霊鷲山りょうじゅさん「世尊寺」です

 日本書紀の記録や残されている瓦などからも、少なくとも飛鳥時代(7世紀後半)には存在していたと推測されます
 31代用明天皇2年(537)に聖徳太子は、仏教の昂揚を祈願され、堂塔・伽藍を造立された寺院の1ヶ寺が比曽寺です

 古くは吉野寺、比蘇寺、現光寺、栗天奉寺とも呼ばれていたようです
 役行者が金峯山入峯前にこの寺に篭り修行したことから「行者道分道場」ともいいます

 弘安2年(1279)に金峯山寺別当・春豪が荒廃著しい本寺を復興
 その後、叡尊が留錫し真言律宗となっています
 享保年間(1716~36)に朴導秀拙が再興をはかり、曹洞宗に転宗し「世尊寺」と改称しました

 現在の本堂は、昭和43年の再建
 かつての講堂跡に建てられています(27個の礎石が残っています)

本尊;阿弥陀如来坐像(藤原時代初期の作?)

場所;吉野郡大淀町上比曾762
 ℡、0746-32-5976

交通;近鉄吉野線「大和上市」駅下車 徒歩30分
 : 有ります(無料)

★入山料:100円

 境内(国史跡)には東西両塔跡の礎石が残ります
 東塔は用明天皇のために聖徳太子が、西塔は敏達天皇のために推古天皇が建てたと言われています

 太子堂(県指定文化財)には「太子 十六才の孝養像こうようぞう」が安置されています
 十一面観音木像には、胎内銘や経巻が納められていました
 他に聖徳太子像・文殊菩薩像・毘沙門天像・弁財天像・役小角像・蔵王権現などが残っています

 本堂の背後には聖徳太子御手植えと伝えられる壇上桜をはじめ桜のころには落花も美しいそうです^^

 山門には左甚五郎作といわれる天の邪気の彫刻があります

 「世にさかる花にも念仏まうしけり」という芭蕉の句碑もあります
 
 世尊寺のホームページ


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史跡比曾寺跡 世尊寺本堂
太子堂 門前の説明板
壇上桜 十三重石塔
 撮影日;2009.6.27 


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